西箕輪の集落を抜けた先、羽広の地に立つ羽広山仲仙寺は、弘仁7年(816年)の開山と伝わる古刹です。寺の名は仲仙寺ですが、山号「羽広山」にちなみ、地元では今も「羽広観音」の名で親しまれています。
寺伝によれば、天台宗の高僧・慈覚大師円仁が夢のお告げを受けてこの地を訪れ、経ヶ岳の山中に霊木を見つけ、十一面観音像を刻んだのが始まりとされます。残った木片には法華経が写され、経塚に納められました。円仁は最澄の弟子として知られ、日本各地に数多くの寺院を開いた高僧のひとりです。
創建当初は大伽藍を誇り、12の坊を抱える大寺院でしたが、幾度もの火災や戦乱で焼失を繰り返します。慶長18年(1613年)、飯田城主・小笠原秀政によって堂宇が再建され、「仲仙寺」と改められました。寛永11年(1634年)には上野寛永寺の末寺となり、将軍徳川家光から朱印地五石を賜っています。
仲仙寺が古くから親しまれてきたのは、「馬の観音様」としての信仰です。木曽馬の本場である木曽谷、そして中馬による物資輸送で栄えた伊那谷。両方の谷の農家や馬方たちが、馬の健康と道中の安全を願ってこの寺を訪れ、境内には馬にまつわる絵馬が数多く奉納されてきました。峠を越えて交わってきた木曽と伊那、二つの谷の人々の祈りが、今もこの寺に積み重なっています。権兵衛街道を越えていった馬方たちにとって、仲仙寺は道中の安全を託す最後の心のよりどころでもあったはずです。
羽広は、標高900メートルほどの高台に位置し、南アルプスの山並みと伊那谷を見渡せる眺めのよい土地でもあります。宿から羽広へと向かう道すがら、畑の向こうに広がる山並みを眺めながら歩けば、仲仙寺までの時間そのものが小さな散歩になります。
本尊の十一面観音は、60年に一度だけ扉が開かれる秘仏です。次の御開帳は2031年。普段は静かな境内を、朝の散歩の行き先に選んでみてください。